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神戸地方裁判所 昭和34年(行)23号 判決 1966年3月15日

原告 石本いつ枝

被告 姫路東税務署長 外一名

訴訟代理人 樋口哲夫 外七名

主文

原告の被告大阪国税局長に対する訴を却下する。

原告の被告姫路東税務署長に対する請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事  実 <省略>

理由

一、被告大阪国税局長に対する請求について

原告は被告大阪国税局長に対し、右同被告が昭和三八年一一月五日なした審査請求棄却の裁決の取消を求めているが、その理由とするとこは、要するに姫路東税務署長が第三者の虚構の供述をもとにして推計課税をなしたのは違法であるというにある。そうだとすれば原告の右請求は原処分の違法のみを理由として裁決の取消を求めるものであり、又本件更正処分については、その処分の取消しの訴と処分についての審査請求を棄却した裁決の取消しの訴が提起できる場合に当るから、かかる理由にもとづく裁決取消の訴は行政事件訴訟法一〇条二項に照らし不適法な訴として却下すべきものである。

二、被告姫路東税務署長に対する請求について

1  請求原因第一項の事実は、原告の昭和三二年度における所得金額を除き当事者間に争がない。

2  被告署長の推計の理由について

<証拠省略>によれば、原告はその肩書地において弟の訴外石本民秋のほか女給三、四名を使用して「有明」なる屋号をもつて社交喫茶を営んでいること、原告は昭和三二年度分の所得金額計算の基礎資料となる金銭出納帳、仕入帳、売上帳等の商業帳簿を備えつけておらず、被告等の調査に当つて、原告が右の資料として提出したものは酒類等の仕入先からの売掛金請求書、領収書のみであつた事実を認めることができ、更に<証拠省略>を総合すると、原告は昭和三二年度訴外滝川商店から「名田」名義で約九九万円の酒類を仕入れているにも拘らず、これを申告の仕入額に計上しておらず、原告の申告にかかる「有明」名義の酒類仕入額は同仕入額の一部にすぎない事実を認めることができ、右認定に反する甲第三号証中の石本民秋の供述記載(滝川商店は税務署の強要により、「名田」名義の帳簿記載が原告との取引であるとの虚構の供述をなした旨の記載)は乙第四号証中の滝川了照の供述記載および乙第六号証中の藤本智の供述記載に照らし措信できず、他に右認定を覆すに足る証拠はない。

そして更に、被告署長が、実額調査の結果、原告においてその申告額以上の酒額を仕入れていることを調査し得たからといつて論理必然的に、つき出料理等の仕入れについても右と同様に申告額以上の仕入れのあづた事実を調査することが可能であるとはいえないことは当然であり、被告署長が申告額以上のつき出料理等の仕入れを主張立証しない由をもつて右「名田」名義の酒類取引が偽装されたものであると推断できないことは明らかである。

従つて右認定の事実によれば被告署長が原告の所得金額を推計したのは妥当というべきである。

3  被告署長の推計計算について

(一)  酒類の仕入金額

(1)  先ず原告が昭和三二年度中訴外滝川商店から「有明」名義で仕入れた酒類等の仕入金額が合計四〇七、八二六円であることは当事者間に争がない。

しかし乙第二号証によれば、右「有明」名義分については調味料四、〇九七円、函入清酒二、三七〇円、サイダー一、八〇〇円および養命酒一、一〇〇円が含まれているのでこれ等を控除すると、結局原告の「有明」名義による酒類の仕入金額は三九八、四五九円となり、他に右認定を左右するに足る証拠はない。

(2)  次に前記認定の原告が「名田」名義で仕入れた酒類等の仕入額について検討するに、<証拠省略>によれば、右取引において訴外滝川商店が右同年度中に原告から受入れた金額の総計は九九二、三九四円であること、右同店の「名田」名義期首売掛金額は昭和三一年一二月二五日〆切入金残一、〇三六円、同年二六日取引のビール一二、六〇〇円、同月三〇日取引のビール一二、六〇〇円、一級酒七、六五〇円以上合計三三、八八六円であること、同じく「名田」名義の期末売掛金額は右乙第三号証の昭和三一年一二旦三一日の差引残高欄に記載されてある三七、二四二円であることがそれぞれ認められる。

そこで、年間受入金額から期首売掛金額を控除し、これに期末売掛金額を加算する方法により右同店の「名田」名義年間売上金額を計算するとその金額は九九五、七五〇円となり、これが原告にとつては昭和三二年度における「名田」名義め仕入金額となるのであるが、右乙第三号証によれば「名田」名義分についてはサイダー六〇〇円、調味料二三五円が含まれているのでこれ等を控除すると、結局「名田」名義による酒類の仕入金額は九九四、九一五円となし、他に右認定を覆すに足る証拠はない。

(3)  よつて右「有明」および「名田」両名義の酒類の仕入金額を合計した一、三九三、三七四円が原告の昭和三二年度の酒類の仕入金額である。

よつて、この点に関する被告署長の主張は相当と認める。

(二)  酒類の販売原価

被告署長は、原告の店舗においては、期首期末ともその業況に大きな変化はなく、たな卸高も大差はないから、たむ卸高は期首期末とも同額であると認定した旨主張するところ、乙第一号証および甲第三号証の供述記載を総合すると原告の本件社交喫茶の業況には昭和三二年度中大きな変化のなかつたことが認められ他に右認定を覆すに足る証拠はない。そうだとすれば、酒類の販売原価を右(一)認定の仕入金額と同額の一、三九三、三七四円であると認定した旨の被告署長の主張もこれまた相当である。

(三)  酒類の売上金額

被告署長は、原告の営業においては酒類の販売原価率(販売原価を売上金額で除したもの)は六〇・七%と算定するのが合理的である旨主張するところ、その合理的な根拠は明らかではないが、右の販売原価率は乙第一号証中の酒類仕入状況調における原告申告の販売原価と売上金額のそれぞれの合計額に基き計算したものであることが認められるから、右の推定を不当として排斥する理由はなく、これを相当と認める。

そうすると、右(二)認定の販売原価を右販売原価率で除した二、二九五、五〇九円(端数切捨)が原告の昭和三二年度中における酒類の売上金額である。よつてこの点に関する被告署長の主張も理由がある。

(四)  総売上金額

原告の昭和三二年度中におけるつき出料理等の売上額が別表一の如く合計三七六、八六〇円であることは半事者間に争がないから、結局右同年度における原告の総売上金額は前記(三)認定の酒類の売上金額に右つき出料理等の売上金額を加算した計二、六七二、三六九円となる。

(五)  総販売原価

原告の昭和三二年度中におけるつき出料理等の仕入額が別表二の如く合計一六二、二八〇円である旨の被告署長の主張事実は、原告において明かに争わないから、これを自白したものとみなす。そうすると、右同年度における原告のつき出料理等の販売原価は右仕入額と同額と認めるのが相当である。

よつて、総販売原価は右のつき出料理等の販売原価と前記(二)認定の酒類の販売原価とを加算した一、五五五、六五四円となる。

(六)  差益金額

よつて、原告の昭卸三二年度における差益金額は前記(四)認定の総売上金額から前記(五)認定の総販売原価を控除した一、一一六、七一五円であることが明らかである。

(七)  必要経費および所得金額

原告が昭和三二年度において支出した必要経費が被告署長主張の如く光熱費等合計一五四、八二七円であることを原告は明かに争わないから、これを自白したものとみなす。従つて、原告の右同年度における所得金額は前記(六)認定の差益金額から右必要経費を控除した九六一、八八八円であることが明らかである。

(八)  結論

而して、被告署長の更正決定額は右所得金額の範囲内である六〇〇、〇〇〇円であるから、同被告のなした本件更正処分ならびに再調査決定処分には何等の違法も存しないことが明らかである。

4  本件再調査決定の理由附記について

原告は、本件再調査棄却決定の通知書に附記された「所得税法第四八条第五項第二号により棄却する」との理由は、単に決定の根拠条文を示したにすぎず、理由附記としては不備であつて、右再調査決定は違法である旨主張するのでこの点について判断する。

所得税法(昭三七年法律第六七号によると改正前のもの)四八条五項二号が再調査決定の書面に理由を附記すべきものとしているのは、請求人の不服の事由に対する判断を明確ならしめるとともに、決定機関の判断の慎重、合理性を担保してその恣意を抑制し、かつ処分の理由を相手方に知らせることにより訴の提起その他の不服申立に便宜を与える趣旨に出たものであるから、その理由としては、請求人の不服の事由に対応してその結論に到達したことを明らかにしなければならないのは当然である。

而して、被告署長が本件更正処分ならびに再調査決定の各通知書に右の如き理由を附記したとの点については、被告署長は何等の主張、立証をしない。

しかしながら、原告は被告姫路東税務署長がした原処分である更正決定の取消をも求めて居り、その理由がない事は前記認定の通りであつて而もその不服の理由は再調査及び大阪国税局長に対する審査請求について何れも同一であつて、ただ右姫路東税務署長のした再調査決定に、.理由を附記していなかつたというのみであるが、結局は原処分である更正決定の取消を求める趣旨である以上、上述のような理由附記の不備を理由に再調査決定を取消すことは全く無意味であるというべきである。

三、以上の通りであるから、原告の被告大阪国税局長に対する訴を不適法として却下し、被告姫路東税務署長に対する請求を失当として棄却することとし、訴訟費用の負担について民事訴訟法八九条を適用して主支のとおり判決する。

(裁判官 山田常雄 井上広道 山下顕次)

別表一~二<省略>

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